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形選手・組手選手に分かれるタイミングについて


皆さんこんにちは。

空手家兼受験講師のNobu先生です。


今日は「形選手・組手選手に分かれるタイミング」について思うことを書いていきたいと思います。


■空手界に復帰してもった感覚


私、実質的に2009年くらいから空手を離れており、昨年2021年に12年ぶりくらいに復帰したわけです。

復帰した今、こどもたちを見て感じたのは、「形に専念」もしくは「組手に専念」すると決めている人が昔に比べて多くなったということです。


昔って、これほどまでに形と組手に垣根があったかなーと、感覚論ではありますが感じております。

もちろん、個々人に得手不得手はありますが、そもそも大会でどちらか一方にしかエントリーせずに・・・みたいなのはあまりなかった印象です。だから昔が良いとか、今が良いとかそういう話ではなくて、「変化が起きてるんだなー」と受け止めているという感覚です。


■自分の経験を振り返る


私自身はいつから形選手になったのだろうか・・・と振り返ってみました。

すると分岐になったのは、全中出場なのではないかと思うに至りました。


というのも、全中が私が初めて経験した「被選択型試合」だったからです。

どういうことかというと、基本的にあらゆる試合は、申込時に出場種目を選べます。

だから、ほとんどの人(当時)は、「形も組手も出たらよかたい」ということで、両方に出場していました。


しかし、全中は話が別です。

自分で出場したい種目を選ぶことができず、県の予選を勝ち上がった種目でしか出場が許されません。

すなわち、出場種目は、自分の実力で決定されるのです。ここが、全中は今までに私が参加してきた試合と根本的に違っていました。


すなわち、形も組手も特段区別してるわけではないけど、試合でたまたま形で勝ち進んだから、形選手になっていった・・・という感じなのです。

だからあれですね。能動的に形選手になりにいった・・・みたいな感じではないのです。


■自分の適性判断は神に任せよう


だからかもしれません。

受動的に形選手化した自分とは違い、ある意味能動的に形選手・組手選手に分かれにいっている今の子どもたちとの隔たりを感じているのは。

(今は全少とかもあるので、分化が前倒しされているのもあるかもですね・・)


私個人の意見としては、形も組手も全力でやって、種目の分化は神(試合結果)に任せるべきだということです。形の練習をしたら、組手にも好影響になりますし、その逆も然りです。そもそも、形と組手は空手道の修行において切っても切れないものですしね。


だから、試合という場で自分を高めていきたいのであれば、形でも組手でもトップを狙うべきです。その結果、どちらかしか勝ち進めなかった・・・ということになれば、自然と形選手化・組手選手化していきます。どっちも勝ち進んだら、めっちゃかっこいいですしね。


試験と同じですね。初めから「ヤマを張る」のは、実はとんでもない機会損失を被ってる可能性もあり、めちゃくちゃもったいないのです。ヤマを張ってないところにこそ、飛躍のチャンスがあるかもしれません。


形も組手も、どちらも楽しんでいきましょう!!















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1 Comment


本当その通りですね。 両方全力を尽くす。 試合の結果が全力を尽くした結果であるということを本人の手に委ねる方が良いです。 他の誰かに委ねず自主性を育んで欲しいですね。

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